A:魅惑の木精 フルドラ
天然の地下空洞を利用して構築されたラヴィリンソスですが、建設に際しては、大規模な造成も行われました。その際、古い地層を掘ったところ、奇妙な種が発見されましてね。数千年も眠っていたであろうその種を、肥土に埋めて水を注いだところ、驚くべきことに発芽したんです。研究者たちは、それはもう大喜びしましたよ。ですが、北洋の伝承にちなみ「フルドラ」と名付けられたそれが、魅了の魔力を込めた歌を発したとき、皆が後悔しました。一日中、意図に反して踊りまくることになったんですから……。
~ギルドシップの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
「僕はリトルシャーレアンの出身だ。両親は共にラヴィリンソスの研究者で物心ついたころからいつも家には僕一人で。他に特にやる事がないという理由で小さい頃から勉強に明け暮れた。リトルシャーレアンには同年代の子供が数人いるが皆リトルシャーレアンから出ていっておらず、今も一緒に働いているが特に仲良くしている訳ではない。当時もが仲がいいという程ではなかったし…。やんちゃな奴はグリーナーになったし勉強が出来なくてもラヴィリンソスで雑用や事務仕事をしている。
外の世界に興味はない、いや、研究対象としての興味はあるが進んで外の世界を見たいとか外で暮らしたいとは思ったことがない。それは子供の頃から変わっていない。
とにかく僕は四六時中勉強に明け暮れた。そのおかげで優秀な成績を持ってシャーレアン大学を卒業し、両親と同じラヴィリンソスの研究者になった。女性に興味を持たなかったかって?全く興味がなかったね、彼女と出会うまでは…。
あれを見つけたのはアルケイオン保管院の植物資料庫だ。別件で倉庫を訪れた僕は古い保管箱を見つけたんだ。普段はそんなことをしないが、その時はなんとなく、本当になんとなくその箱に手を伸ばした。
中に入っていたのはその治療に関する報告書と厳重に封をされた拳大の箱だった。
僕は報告書に目を通した。このラヴィリンソスは元々あった溶岩だまりの空洞を利用して作られたんだが、それを今の形に整備するにはかなり大掛かりな造成工事が必要だったらしく、その造成工事の際に古い地層の中から発見されたのがそれだったそうだ。僕は箱を開けてみた。中に入っていたのは手のひらサイズの種だった。植物の遺伝子の組み換えや品種改良に携わっていた僕は興味をそそられ、上司に相談してその種を育ててみることにした。研究室の肥土に植えて水をやった。すると一週間ほどで発芽したんだ。数千年前の種がだ。興奮したね。それが全ての始まりさ。
僕はその後も発芽した種の生育を見守った。種は何らかの樹木の種だったようで発芽した芽は双葉になり幹は日に日に太くなり、どんどん大きくなった。樹高が30cmほどに育ったころ幹にこぶが出来た。すると樹高の生育は止まり、鼓舞だけが大きくなり始めた。こぶは丁度拳くらいの大きさに育ったころ、真ん中にひびが入り樹皮を破って内部が露出した。その露出した部分が裂け、中から小さな彼女が生まれたんだ。僕は北洋の伝承にある森の精の名に因んで彼女を「フルドラ」と名付けた。
フルドラが現れると樹高の成長がまた始まり、樹高が伸びるのに合わせてフルドラは何年もかけて育っていった。さっき言ったように僕は女性に興味がないからよくは知らないが、それはまさに人間の女の子が女性へと成長していく過程を見るようだった。フルドラは幼女くらいに育ったころから僕とコミュニケーションをとるようになった。話はしない、ただ小さな身振りや、表情で僕に訴えかけてくるんだ。
思春期くらいに成長すると服を着ていない事を恥ずかしがるような仕草も見せた。そのころには僕はもう彼女を研究対象として見る事が出来なくなっていた。僕は毎晩フルドラのいる研究室で寝起きして、片時もフルドラを一人にはしなかった。彼女には僕しかいない、僕にも彼女しかいない、心からそう思っていた。
フルドラが成人女性と同じくらいになったころ、彼女は僕と彼女を隔てているガラスをどかしてほしいと訴えてきた。もっと僕の傍に行きたいと。僕がそれを拒む理由など考えつかなかった。何故ならそれは僕も望むことだったからだ。僕はすぐに遮音ガラスを取り除いた。
フルドラは僕の傍にゆっくり近づくと愛おしそうな顔で優しく、包み込むように静かに歌い始めた。
僕は彼女と踊った夢を見た。
どのくらいそうしていたのか、幸せな気持ちに包まれながら気が付くと研究室には僕しかいなかった。
慌てて表に飛び出したがどこにも彼女はいなかった。他の研究員たちの話によれば、優しい歌声が聞こえてきた途端、体の自由が利かなくなって、まるで操られるかのようにゆっくり踊らされているような不思議な動きをし始めたという。そうして彼女は僕を置いていなくなった。
それから何年も、僕はラヴィリンソスを歩き回り愛しい彼女を探している。何度か遠目に姿は見えたが近寄る前に居なくなる。僕はもう一度彼女に会いたい、会って聞きたいんだ。僕の事を愛していたかと」
あたし達は話が終わると、お礼だけ言って黙って席をたった。
「彼女を、フルドラを殺すのか?」
彼が背中越しに聞いて来た。あたしは答えようか迷いながら一度立ち止まって振り返ったが、結局何も言わずに立ち去った。
「純粋なのは認めるけど、女性慣れしてない人が思い込むのって厄介ね…」
ため息交じりにあたしはボソッと呟いた。
数日後、あたし達はもう一度彼を訪ねた。彼にフルドラの花を一輪渡すために。
受け取った彼は「ありがとう」と小さな声でいうと、その花を机の一輪挿しに差し、その花をずっと見つめていた。